歴史文化学コース History

田中 俊之 (TANAKA Toshiyuki) 教授

[研究領域] ドイツ・スイス中世史
写真

アルプスより愛をこめて

私は現在、スイスという国の成り立ちについて勉強しています。もともとは、東西に広がるアルプス山脈が障壁となって、ドイツ側から見れば南の僻地、イタリア側から見れば北の僻地にすぎなかった一山岳地域(現在のスイス中央部)が、13世紀初めとされるザンクト・ゴットハルト(サン・ゴッタルド)峠の開通によってヨーロッパの北と南を最短距離で結ぶ大動脈となり、その後のヨーロッパの歴史を左右するほどの重要な位置を占めるようになりました。その山岳地域で互いに隣接しあう3つの渓谷共同体が同盟を結んで相互援助の結束を固め、14世紀、15世紀と周辺の有力都市や農村を巻き込みながら同盟ネットワークを拡大し、16世紀初めにかけて盟約者団からなる国家としての輪郭を整え、神聖ローマ帝国から事実上、離脱するまでに至ったのです。

  スイスが巨大なアルプスを擁し、場所ごとに風光明媚な景観を湛えている点はとても魅力的ですが、歴史を学ぶ者としては、スイスが国家形成においてドイツ、フランス、イタリアなど周辺諸国とはまったく異なる独特の道を歩んだ点に大いに惹かれます。いったい何が原動力となりえたのでしょうか。これまでは、ザンクト・ゴットハルト峠の開通を契機としたハプスブルク家の抑圧的支配への脅威や抵抗が盟約者たちの団結の源泉だと考えられてきました。スイス政府観光局の公式見解にもそうした説明が見られます。確かに農民・市民vs.貴族の対抗図式は歴史の王道ですし、スイスの農民や市民も15世紀末にかけてハプスブルク家との戦いに明け暮れました。しかし対ハプスブルク闘争の図式でもってすべてを説明しようとするのはいささか乱暴です。既存の説明は可能な説明の1つにすぎません。個々にこの図式が当てはまるのかどうかも視野を広げて検証する必要があるでしょう。合理的解釈だと思っていたものが新しい解釈によって覆されることは、よくある話です。思い込みを捨て、冒険を恐れず、他の説明の可能性を追求してこそ、歴史に新たな局面が開けると思うのです。

そのためには新旧の諸研究に学びながら仮説を立て、先入観にとらわれずに個々の場面について史料を睨みながら裏づけを行い、可能な解釈をほどこすという地道な作業が必要です。ときに苦しい作業の連続で、とりわけ現地の古文書館に所蔵されている手書きの原史料に触れたときなど、文字の判読、文法、文脈はもちろん、文の切れ目がどこかすらわからないことが多く、ほんの数行進むのに膨大な時間と労力を要して気が滅入ることも多々あります。けれども苦しんだ末に何か一筋の光明が見えてきたときには、苦労が報われた気になるものです。(ただし、見えたと思っていた光が消えてしまって、がっかりすることもよくあります。)

歴史に向き合うには、すぐに諦めず粘り強く取り組む姿勢が大切です。西洋史を勉強する場合には、本場の研究の動向を押さえるために当該の外国語の習得が欠かせませんが、まずはその困難を多少なりとも乗り越え、苦しくも夢の広がる世界へ一緒に迷い込んでみませんか?

l Contents Menu
ü