フィールド文化学コース Field Study of Cultures

矢口 直道 (YAGUCHI Naomichi) 准教授

[研究領域] 東洋建築史
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私の専門とする建築史は、対象とする地域により、日本、西洋、東洋に分けられている。また、対象とする建築種別によって住宅、宗教建築、都市などに分けられていて、これに時代を含めて、どの時代、地域のどのような建築を専門としているかが分かるようになっている。この分類に当てはめると、私は東洋建築史、中でも古代から中世にかけてのインド宗教建築を専門に研究していることになる。

私はその中で以下の2つの建築種別を中心に研究している。ひとつは中世南インドのヒンドゥー教寺院である。主に12世紀から14世紀にかけて現在のカルナータカ州南部中心に、一時は南インド一帯を支配したホイサラ朝の寺院建築と、これに至るまでの寺院装飾と内部空間の変遷を研究している。ホイサラ朝の寺院建築を特徴づける要素のうち最も重要なものと考えられるのは、その複雑な外部装飾と壁面のプラン、柱のデザイン、そして平面の配置である。宗教建築の対称性の観点からみると、対称軸と、その中心となる祠堂の配置、その他の室や建築要素との関連が重要となる。祠堂の配置とそこに祀られた神々を総合して考えるとこの時代特有の配置が浮かび上がり、これをもとにして当時の宗教的時代背景に迫ることができる。研究対象は、ホイサラ朝の寺院建築との関連を中心に、これに先行し版図の近接するチャルキヤ朝、チョーラ朝の寺院建築ヘと広がっていく。

もうひとつは古代仏教建築である。実際に空間として現存している仏教建築は、西インドからデカン、南インドにかけての石窟寺院が中心となる。仏教の説話を描いた彫刻や絵画、さらに経典などの文献から寺院空間を再構築したり、一部に僧房の遺跡が発見されたりしてはいるものの、石窟は古代の石鑿の痕まで残された、ほぼ完全な姿で残る建築遺構で、まさにタイムカプセルである。しかし石窟は、これ自体が一般に存在していた当時の仏教僧院や宮殿の正面ファサードと内部空間だけを写しとった特殊な建築形態である。つまり、岩盤内に穿たれているため実際にその通りに造ることが不可能な建築構造的に矛盾した部材の配置なども認められるのである。しかしこのような部材の配置が石窟という建築形態の中で装飾要素として発展していく様子も追跡することができる。また、石窟は岩盤を穿って壁や天井、床を削り出している。このため、不用意に削りすぎた穴や、それを修復するために置き換えられたレンガなどが全て痕跡として残る。さらに開窟途中で計画を変更して、壁を柱に取り換えたり、もう一つ室を設けたりしたことも、痕跡を丁寧に分析することにより明らかにすることができるのである。

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