言語文化学コース Linguistics and Literature

西出 佳代 (NISHIDE Kayo) 准教授

[研究領域] ドイツ語ゲルマン語学、ルクセンブルク語
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「ことば」の役割とは何でしょう。自分の考えや要望を相手に伝えること、相手を理解すること、すなわち他者との意思疎通が一つに挙げられます。現代社会においては、英語が世界の共通語としてみなされており、英語の習得こそがグローバルで国際的な人間になるための近道とされたり、あるいは同一視されたりすることもしばしばではないでしょうか。確かに、例えばドイツ語なんて勉強しなくても、英語さえできればドイツ人やオーストリア人とやり取りできます。一つの「ことば」であらゆる人々と理解しあえる世界というのは、一つの理想郷なのかもしれません。

しかし、ここで見落としてはならないのが、「ことば」には文化としての側面があるということです。英語の brother という語を例にとってみましょう。これを日本語に訳そうとするとき、あなたはすぐに何か情報が欠けているということに気づくと思います:基準となる人物よりも年上なのか年下なのか。兄弟姉妹を表す際に、性別のみを区別する英語と、それに加えて年齢の上下も区別する日本語。「ことば」には、その母語話者がどの情報を重視し世界をどう切り取って認識しているのかが反映されています。「わび」、「さび」など、他の言語には翻訳しにくい独自の文化に根付いた表現もあります。

交通網や通信機器が発達した現代では、もはや他と完全に隔絶された社会はないと言えるかもしれません。生活がより自由により豊かになる一方で、他との接触により母語話者が高齢者世代のみに限られていき、消滅の危機に瀕する方言や少数言語が多くあります。一つの「ことば」の死は、一つの思考や世界観そして文化の死でもあります。私が研究するルクセンブルク語は、そんな世界の流れの中で、1984年にドイツ語の一方言からルクセンブルク大公国の国語へと昇格を果たした非常に特異な例です。

ルクセンブルク語を扱う強みの一つは、言語として独立することにより、他のドイツ語諸方言と比べてその特徴が比較的明確に保持されているということでしょう。若い世代の母語話者も多くいますし、この言語を学ぼうとする外国人も増えています。ルクセンブルク語には、独自の興味深い特徴もある一方、標準ドイツ語では失われてしまった古い特徴や、逆に標準ドイツ語よりもずっと先に進んだ言語変化が観察されます。小さな言語を扱うことによって「ことば」のすなわち文化や思考の多様性に触れる、「ことば」を変化する動的な対象として捉えその鼓動に耳を澄ませる。切り口は小さくても、そこからわくわくするような多彩でダイナミックな「ことば」の世界が広がっているのです。

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