言語文化学コース Linguistics and Literature

加納 希美 (KANOU Nozomi) 講師

[研究領域] 現代中国語文法・意味論
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色、天気、数量、……私たちを取り巻く森羅万象はしばしば主観的に捉えられ、その捉え方は言葉の上に反映されます。私の研究テーマは現代中国語の文法に関するものですが、一見特殊に思われる表現の多くは主観的認識との関わりを考慮することで合理的説明が可能であると考えています。

金沢駅付近の飲食店で「オリーブオイルの瓶はご自由にお使い下さい」という掲示を見かけた事があります。オリーブオイルを無料で提供する、というように「瓶」で中身の方を指していると理解して間違いないでしょう。反対に「お刺身に割引シール貼りますよ!」というように、中身が容器を指す例も見られます。このように隣接関係にある事物がお互いを指す言葉として誤解なく用いられ得るのは、たとえば人を眺める際にその時の気分次第で髭や眼鏡などいずれかの部分を優先的に知覚してしまうというような、隣接関係の事物に対する私たちの捉え方の習性に起因しているのだと説明可能です。(佐藤信夫著『レトリック感覚』を参照)。

ところで中国語の数量詞(数詞+量詞)には、“一屋子烟(部屋中の煙)”のように“一+容器名”の形で(広い意味での)容器と積載物の分布様態を描写するタイプがあります。「一面(の雪)」や「(お腹が)いっぱい」等の日本語表現に似ています。では“一屋子烟”は容器(部屋)と中身(煙)のどちらについて描写していて、何がその解釈の決め手となるのでしょうか?……中国語数量詞の意味機能を巡るこのような問題について明らかにすることが当面の研究課題の一つです。

もう一つの課題は構文と数量詞の関係を解明する事です。たとえば中国語の二重目的語構文(英語のHe gave me a bag.に相当)に現れる動詞は、通常“给((XにYを)やる)”のように目的語を二つとるものに限られます。ところが、中には“摔了 我(O1) 一身泥水(O2)(私は転んで全身泥まみれになった)”のような掟破りの表現も見られます。

動詞の“摔(転ぶ)”には目的語を掴める手が全く無いはずなのに、何やら不思議な力が働いて、ちゃっかり2つの目的語を抱え込んでいるわけです。こんな掟破りがなぜ許されるのでしょう?今のところ数量詞黒幕説が有力です。数量詞が如何にして裏で糸を引いているのかを突き止めてみたいと思っています。

掟破りを助長する第二の要因は構文です。構文には構造全体と結びついた意味があるため、イレギュラーな動詞でも構文全体の意味に沿うように解釈が調整されることで掟破りが認められやすいのです。但し、掟破りが無制限に許されるわけではありません。一定の制約に縛られながらも何かに動機づけられて新規の表現を求める、そんな人間味あふれるせめぎ合いを目撃できることが構文研究の魅力の一つです。

言語活動は研究室ではなく現場で起きています。ぜひ中国でリアルタイムの言語活動に立ち会い、ネイティブの方々との交流を通じて真相究明を目指したいと思います。

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