言語文化学コース Linguistics and Literature

鈴木 暁世 (SUZUKI Akiyo) 准教授

[研究領域] 日本近代文学、比較文学
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日本近代文学の作品を、ことばによる芸術として捉え、当時の社会や文化との関わりを見すえながら、その魅力を探っています。近代日本の文学者たちは、海外の文学を貪欲に吸収して糧としながら、その影響力の大きさに抗い、独自の文学を模索していきます。その一方で、彼らの作品は外国語に翻訳され、海外に影響を与えていきます。この、異言語、異文化間のダイナミックな相互交渉をつきとめ、日本近代文学の姿をいきいきと捉えること――。この、比較文学的な観点にも、私は可能性を見出しています。

明治から昭和にかけての日本では、アイルランド文学の流行という興味深い現象が起こりました。西洋諸国のなかで、アイルランドは厳しい現実にさらされた国でした。隣国イギリスによる長期の植民地支配を受け、飢饉によって疲弊しました。数多くのアイルランドの民は移民となってアメリカなどの新天地へ渡ったのです。そのような苦しみの中で、19世紀後半から20世紀にかけて自治・独立運動が起こります。この政治的なうねりと共に、アイルランドに伝わる民話や神話を発掘し、風俗や風土を小説や戯曲、詩に取り入れることで、独自の文学・芸術を見出そうとした「アイルランド文学復興運動」が起こりました。詩人イェイツや劇作家シングらをはじめとした、彼らの芸術運動は世界に大きなインパクトを与え、その影響は日本にも及びました。芥川龍之介、菊池寛、松村みね子(片山廣子)、西條八十、伊藤整ら若い芸術家たちも、アイルランド文学を、独自の魅力を持つ新しい文学として享受したのです。
強大な文化的影響力を持つ存在との緊張感のある関係の中で、独自の文学・芸術・文化のありようを模索するという姿勢において、アイルランド文学復興運動は、日本において注目を浴びたと言えます。そして興味深いことに、イェイツたちもまた、日本の能に心を動かされ、戯曲『鷹の井戸』など複数の戯曲を書きあげました。さらに、菊池寛の戯曲『屋上の狂人』を高く評価して、アイルランドで上演するなど、相互に刺激を与えあう現象が起こったのです。

日本と世界の文学者たちの創作の糧となった、想像力の熱い奔流と交感――。それらがなぜ生み出されたのかを問うことは、世界文学の潮流の中における《日本近代文学の姿とその魅力》を活写することにつながるでしょう。文化や言語を越えて、文学者たちはお互いの作品に惹かれあい、様々な刺激を受けあうことで、それぞれが自分自身の固有の文学を見出し、魅力的な小説や、詩、戯曲などを生み出すことになります。
彼らの残した作品をじっくりと読むこと。そして、日本のみならず海外における現地調査によって新資料を発掘すること。こういった地道な研究によって得られた新たな知見に基づいて、文学的想像力の源泉を問うこと。それが、私の研究の大きな原動力です。日本近代文学研究のフィールドは、世界へと広がっているのです。

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